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展覧会を終えて

2022年05月16日

こんにちは。堀江和真です。ボクは絵を描いたり、作品をつくりながら、毎日を過ごしています。このブログでは、そんな日々で感じた事や起こったことを、のんびり綴っています。


5月初旬、世間ではゴールデンウィークと呼ばれている期間、ボクは展覧会に参加していた。東京都杉並区にある杉並学園という建て直しの決定した児童養護施設でのグループ展である。作家はボクを含め9人。自分で言うのもなんだが、なかなか良い展覧会だったのではないか、と思います。会期が短く、この展覧会は終わってしまったけれど、まぁ長ければ良いというものでもないから、それも良かったのかなと思っている。


まず、ご来場いただきました皆さま、またご興味を持っていただいた皆さまにお礼を言いたい。


「ありがとうございました」


ボクはこの展覧会の期間中、6日のうち、4日ほど在廊した。最終日は150人もの方々の来場があり、忙しかったが、そのほかの3日は比較的穏やかで、のんびり会場で過ごすことができた。期間中ずっと学園の正面の屋外でパフォーマンスをしていた吉川陽一郎さんとゆるく話しながら、日向ぼっこをしたり、学園の中の作品をみたり、お客さんに作品の解説をしたりなんかして、リラックスして過ごすことができた。学園の子たちも、作品や建物を眺めに来ていて、みな思い思いに作品を楽しんでいた。


会場に訪れる人の中には、杉並学園を卒園していった方もたくさん含まれていて、思い出の場所を堪能しようと、楽しそうに巡回している姿はなんだか、心をうつものがあった。かなりの高齢の方、お母さんになって自身の子供を案内する女性の姿、お世話になった先生と話し込む社会人になった若い男性などなど。展覧会が開かれたことで、学園を足を運ぶささやかなきっかけとなったのであれば、それはとても素敵なことだろうと思う。


建て直しが決定した杉並学園を観に来る方々、学園という場と対話を試みたアーティスト、そしてその作品を観に来た方々、学園を切り盛りする職員の方と、その人たちに会いに来ている人、その色々が混じりあって、なんだか素敵なイベントになったなぁと思っています。


ボクとしては、やはりコロナに対する社会の規制がゆるやかになったことで、アーティスト同士や、学園の生徒、お客さんとのコミュニケーションがまた少しずつ豊かになってきたなぁというのが、手応えとして残っている。


制作の過程でおこる内省や、実験というものはとても楽しいけれど、たまにはたくさんの人と会って、あーだこーだと、おしゃべりをしながら美術を語るのも楽しい。


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堀江和真


こんにちは。堀江和真です。ボクは絵を描いたり、作品をつくりながら、毎日を過ごしています。このブログでは、そんな日々で感じた事や起こったことを、のんびり綴っています。


さて、グループ展である。とはじめてみて、いきなり脱線するが、グループ展ってなんかカッコ悪くないですか?響きが。なんか、良い呼び方ないのかな?グループショーという言葉もしっくりくるようで、しっくりこない。


仕切り直そう。グループ展に参加しています。昨日、5月3日よりスタートした。


舞台は東京都、久我山駅から歩いて15分ほどのところにある杉並学園である。ここは築90年の歴史がある児童養護施設なのだが、この度建て直しが決まり、この秋に現在の校舎の取り壊しが予定されている。


で、その前に展覧会を開催しようということなり、ボクも参加させてもらえることになったわけだ。参加作家はボクを含め9人。それぞれ思い思いの作品を展示している。


杉並学園は、その内外に、古くからある部分、建て増し建て増しで後付けされた部分が、継ぎ接ぎされたような建物である。実用を重視したものだから、視覚的に美しいものが溢れているわけではない。合板やプラスチック、量産品の家具などがあちらこちらに点在している。そこに子どもたちの貼ったシールや写真のあとや、シミや傷といったさまざまな生活の痕跡が、残されている。それらを美しいと解釈する方もいると思うが、なんだか自分には生々しく感じるものもある。


今回ボクは、ここにいくつかの作品の展示を試みた。結果に関しては、観る方に委ねたい。


他8人のアーティストも、それぞれ場との対話を試み、作品を制作、設置している。


この展覧会、会期がすごく短いのだが、是非みてもらいたいな。


余談だが、久しぶりに幾人かのアーティストと作品を通して、コミュニケーションができている。コロナ禍はまだ終わったわけではないけれど、この時間が愛しい。


以下概要


杉並学園アートプロジェクト 「いとまの方法」


参加作家


安部寿紗 泉果歩 木村桃子 西村卓 深浦よしえ 堀江和真 三田村光土里 ゆにここ 吉川陽一郎


会場 児童養護施設杉並学園 (東京都杉並区宮前3-10-8)


会期 2022年5月3日(火.祝)〜5月8日(日)

時間   10:00〜17:00 (最終入場 16:00)

入場無料


主催 社会福祉法人杉並学園 / 一般財団法人カルチュラルライツ


後援 杉並区 / 杉並区社会福祉協議会

問い合わせ info@cultural-rights.org


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堀江和真



こんにちは。堀江和真です。ボクは絵を描いたり、作品をつくりながら、毎日を過ごしています。このブログでは、そんな日々で感じた事や起こったことを、のんびり綴っています


さて、春である。例年だと、この時期、ボクはボケ〜っとしている。まぁ、今も他の人からしたらボケ〜っとしているようにしか見えないかもしれないけどさ。


最近は上久保直紀さんという方がやっているカルチュラルライツという一般財団法人と一緒にアートワークを展開している。今回のプロジェクトは去年の夏あたりから、準備をはじめていて、今年の3月あたりから、作品の発表をし始めた。その形態は、ちょっとユニークでトラックの後ろの箱のサイドが開くようになっていて、そこに作品をディスプレイして、即席の展覧会をさまざまな場所で開くことがらできるというもの。


カルチュラルライツのこのプロジェクトは児童施設や商業施設、学校などに展覧会の出張することが多い。美術が好きな人だけが集まる場所ではなくて、あまり興味がない人にも、美術に気軽に触れてもらおうという試みである。


ボクは子どもたちに向けて工作の教室を開いているし、美大を出ているわけではないので、もっと日常の延長から美術を考えている節があるので、こういう企画は面白いなと思った。


カルチュラルライツとの仕事は6月あたりまで続く予定だ。いくつかのアートトラックでの出張とゴールデンウォークには建て直しの決定した古い児童養護施設でのグループ展がある。一つ一つ丁寧にこなしていきたい。


美術をやっていると、いつも思うのは出会いと別れの繰り返しだということ。

何かプロジェクトがあると、さまざまなアーティストやディレクターとチームを組む。仲間だと思うほどの強い絆を感じることもあれば、ちょっとしたキャラバンのような感じで、便宜的に力を合わせることもある。

でも結局は解散をする。目標や目的が解かれれば、密に連絡を取ることは、ほとんどなくなる。


多少飽きっぽいところのあるボクはこれがなかなか自分の性質に合っていると感じている。はてさて、今回のプロジェクトでは、どんな人たちと出会い、そして別れていくのか、ちょっとだけ楽しみだ。


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堀江和真


こんにちは。堀江和真です。ボクは絵を描いたり、作品をつくりながら、毎日を過ごしています。このブログでは、そんな日々で感じた事や起こったことを、のんびり綴っています。


今日はBankARTの池田さんについて、ちょっと書いてみようかな。


ボクが、池田さんと出会ったのは、2011年の夏だった。彼が主宰するBankARTのレジデンスにボクは参加したのだ。東日本大震災があった年で冷房などはあまり使わず、節電しようという雰囲気があり、会場であるBankART NYKはいつも蒸し暑く、時間がなんだかゆっくり流れるような感じがしたのを覚えている。ボクは大好きな絵を夢中で描いて、それが本当に楽しかった。当時、ボクは美術が学問であることすら認識がなかったし、いわゆる現代アートといわれる範囲のものを何にも知らなかった。絵を描いててハッピー、それだけ。もちろん評価なんてされるわけもなく、池田さんとは、ほとんど話すらできなかった。だけど、このハッピーな時間...暑くて、身体はクタクタでも、わくわくしてたまらないといった感じは今でも覚えている。


あれから、11年、BankARTに足を運ぶうちに、池田さんとは少しずつ仲良くなっていった。ボクは少しだけ美術について学び、作品も少しロジカルに考えるようになった。BankARTに行けば、世間話をし、近況報告や、どんな作品をつくってるかなど、気軽にできるようにもなった。

ここ数年はボクは池田さんの顔をみると、いつも「なんか大きな仕事くださいよ」とまるで挨拶みたいに繰り返した。そうするといつも「堀江くん、もうちょい頑張れ。ネクストだ、ネクスト」と池田さんは少し困ったような顔をして返事をした。


頑張れ堀江くん。君はやればできる。まだ、本気出してないだろう?ネクストだ、ネクスト。


何かきっかけを掴めば君は活躍できる。もっとベストをつくせ、ネクストだ、ネクスト。


池田さんはいつでも、ボクにネクストと言いつづけてくれた。コイツ、駄目だとは言わずに、ネクストだと答え続けた。


池田さんとボクのような関係性は池田さんのまわりでは、おそらく特別なものではないだろう。池田さんの周りに集まってくるアーティストはみな、そのようにして、激励されていたのだと思う。


でもまぁ、物事にはいつか終わりがやってくる。


3月16日、池田さんは帰らぬ人になってしまった。


もう、ボクにネクストだ、と言ってくれる人はいない。無償に寂しい。先日、もっとも尊敬し、大切に思う人も、この世から去ってしまった。心にぽっかりと穴が空いているようだ。感情が削ぎ落とされ、悲しさとか楽しさとか、あんまり感じない。全部ガラス越しのような感じがする。


ネクストだ、堀江くん!!とあの世から、池田さんは叫んでいるかもしれないな。


ごめん、悪いけど、ネクストの所在がよくわからないや。ドアは開かない、カギはない。おまけに開ける気もしない。ただ、仕事は山積みだ。機械的に手を動かし、制作を続けるしかない。



堀江和真


こんにちは。堀江和真です。ボクは絵を描いたり、作品をつくりながら、毎日を過ごしています。このブログでは、そんな日々で感じた事や起こったことを、のんびり綴っています


 さてさて、ずいぶん久しぶりの投稿になってしまいました。


 はてさて、何から書いていいか?ブログを書く筋肉みたいなのがあるとしたら、けっこう衰えている気がするな。まぁ、読者の少ないブログなので、気楽に書いてみようかな。


 たまに思い出すこと...それは「お前はつくるってことをわかってない」と言われたことだ。記憶にある中では、パン屋で働いていたときに、現場のボスみたいなおやっさんに、唐突に言われた。もう一つは、とある有名な子ども絵画造型教室でアシスタントをやらせてもらっていた時に、言われた。

 どちらの件に関しても、はっきり言って根に持っている。作ったものが下手だとか、スキルが低いというようなことだったなら、これは素直に引き受けよう。だけど、この人たちが、言っているのは、おそらくもっと根源的な真理のことを指して、ボクに言っているのだと思う。しかも圧倒的な上から目線で。


 「つくる」っていうのは、なんだろう?ボクは答えたい。「わからん」と...。漫画はじめの一歩の主人公が第一巻で「強いってなんですか?」と疑問を抱き、現在も混沌としているように、ボクだってやはり、混乱し、ぐちゃぐちゃになりながら、作品を作っている。それは衝動でしかない。


 上記したお二人はどちらも、その業界で、名を馳せ、ボクよりはずっと、先を歩いているような方々なので、もしかしたら、実感として、つくることにおける真理を掴んでいらっしゃるのかもしれない。


 ボクにも、そういう日が来るのだろうか?そして、駆け出しのものを捕まえて、わかってないなどと涼しい顔をしていうのだろうか?


 自分はそういうことをやる人間にはなりたくない。しかし、似たようなことを日常やりまくっている自分にも思いあたる。つくることについての深淵な問題については語っていないものの、他のあらゆるくだらないことにシタリ顔で語ったりする。


 あー、穴があったら入りたい。人間って、なんか、しょーもない 笑



堀江和真


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